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20131025

id:gamesideさんのインターネットで死ぬこと、現実で生きること - ゲームサイドUG neo

を読んで。

 

私はインターネットで生きていたいのだと気付いた。

現実に会って「生きている私」を更新できないのならば

 twitterで、Google+で、mixiで、生きていたいのだと。

もともと、インターネット上でアカウントを取って

言葉を紡ぐ場所はすべて、

私が死んでしまっても、私の意思を伝えるための手段、という意識がある。

もっと言えば、私が死んだあとにこれらの言葉すべてを

つぶさに追ってくれる存在がいることに憧れている。

たぶんこれは、インターネットに漂い始めたころに

南条あやの日記を読んでしまったせいでもあると思うけれど。

 

たとえば、誰かと一緒に行った旅のことを忘れたくないと思って

自分の日記にしたためたとして。

それは自分のなかで何度も再生できるけれど、

時が経つにつれて掠れていく。

日記の中の情報が全てで、思い出はやせ細っていく。

だけど、インターネットにそれが置かれることで

誰かのコメントによって補足されたり

どこかで話題になって、一緒に旅した誰かもまた思い出を再生できたりして。

自分と誰かの思い出すきっかけになるチャンスがある。

そのことが大切。

それが自分が死んだあとにでも。

 

あなたの思い出の中にずっと生きていたい。

忘れることも忘れられることもすごく厭だ。

 

だから私は言葉を尽くすし、

言葉にならないことは写真を撮る。

 

鮮やかな存在感。

それを手に入れるにはどうしたらいいんだろう。