視力を失うことに憧れがある。
今もって両目それぞれ1.5以上、
下がったことのない身で言うのも恐縮だが、
物ごころついてからずっと、
目の悪い人になりたかった。
今まで2度、視界をほぼ失ったことがある。
それぞれ片目の角膜の火傷で、
あまりに痛くて無事なほうも開けられないことによる闇。
一度は、3日間くらい目を開けられなかった。
高校生で、夏休みの終わり。
運よく予定のない日々で、自室で寝転がりながら
手さぐりでぬるいCDをラジカセにかけたり
大人の科学のふろくを組み立てたりしていた。
大友貴之さんのプラネタリウム。
目視確認はできないから、土台だけ
ねじとか、スイッチとか、ひとつずつ確かめながら
それらしき溝を撫でて、はめていく。
遊ぶネタが尽きて、暇で仕方がない頃。
音で遊べればいいのに。と思った。
弦楽器を弾きたかった。
夏休みの前に仲間内で少し楽器をさわらせてもらっていた。
音楽はすきじゃないのだけど、
視界がないことに慣れて、
触覚も聴覚もいつもより澄んでいるような感じがした。
今ならすきになれる、と思った。
見えないままで、頭の中に広がる景色。
さわることの、安心感。
音のひろがり。
普段も、できるなら暗闇で過ごしたいし、
見えないままで目的の行動をするのがすきだ。
見えない不自由を知ってなお、
憧れを捨てきれないでいる。