読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

じゃあ誰に伝えたいの

日常

多種多様なSNSを使っていて

それなりにアクティブなユーザーだと思っている。

 

コミュニティが重なって不自由が生じるわけじゃないけれど

なんとなく棲み分けはしていて、

このSNSはどんな人たちがどんなタイミングで見るか

そのアクションは、とかを考えながら

思いついたテキストを投じる場所を選んでいる。

*1

 

そのうちの幾つかのSNSを知っている人と、

「どうやって書き分けているのか」という話をしたことがある。

たとえばtwitter

「最近、twitterに書くことがなくなって。

結局、あの場につぶやく内容って届ける誰かを想定していて、

その人に届けないのは卑怯だなと思うようになった」

それはすごく印象的な言葉で。

確かに私の使い方は見る人を想定しているから、

一昔前の、高校生みたいなメールのやりとりに近いかもしれない。

それをまっすぐに届けるのを躊躇って、

「別にあなたに伝えたかったわけじゃないんだけど」

って置き逃げするように言葉にしてしまっているよな、と。

もちろん、そこまで大げさな内容じゃないにしても、

はっとするくらいに、心当たりがある。

 

対個人じゃなくて、グループの居場所として

twitterに投じたりするけれど、

これはもうLINEに取られてしまっている感じもする。*2

つぶやかなきゃ、その「場」が出来上がっていかないというか

構成していかなきゃいけない感覚もあって。

 

顕著なのは、眠る前。

何の気なしにTLを見て、いつものメンバーがいて

@を飛ばしあったりしていて

少しずつ微妙に変わっていく関係性とかを眺めて

気が付けば5,6年くらい経っている。

卒業式のない、学校生活みたい。

 

facebookの使い方を悩んでいたときに、

学校の廊下みたいだなと思った。

そこかしこに、顔見知りがおしゃべりしていて

情報は聞こえてくるけれど

友人付き合いをしているわけじゃない。

黙っていても、学校に囲われている限りは

おしゃべりな人たちの声があふれている。

顔見知りにわざわざ話しかけるようなコンテンツは

私は持っていないと思った。

 

そういう意味で、mixiはいまだに居心地がいい。

見せたいひと、伏せたいひとを

きちんとコントロールできて

伏せたという事実は他の人からじわじわ伝わるけれど

それさえもスパイスで。

今はアクティブな人とそうでない人とで

足跡のタイムラグを楽しんだりしている。

 

はてな、って。

私にとってのはてなはこんなふうに頭の中を出していく場

という認識がつよくて、

だけどこれまでのアカウントは

発語しないことをキャラクターに織り交ぜていたから

この場を作ったのだけど、

いろいろあってやっぱり声が出ない。

またアカウント作るのもありっちゃありなんだけど。

どちらかというと、このアカウントは

大きな人生の転機があったことをきっかけに

きちんと日常を(大きくみたら非日常を)記録したかったから

その転機が終結した今、方向転換を図ってもいいかなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:この内容を書くのに、この場はあまり合っていないと思っているのだけど

*2:スタンプだけで会話をした気分にだけさせるあのコミュニケーション手段には迎合したくない