わがままを着こなす

対談を読んでて、そうそう!と思ったことがあった。

「なに食べたい?」「なんでも~」問題への意識。

dual.nikkei.co.jp

私がコミュニケーション過多なのは、サービス精神によるものなんです。「今日何食べたい?」って夫に妻が聞いたら「なんでもいい」って言われて、でもカレーを作ったら「オレ今日カレーだったんだよ」って言われてイラっとした……みたいな話ってわりと聞くと思うんですけど、やっぱり「なんでもいい」みたいな答えって、相手に対してサービス精神がないなって。相手は喜んでもらいたいから聞いてるんだから、自分の中で「正解」が思い浮かばなくても、、最低限、「自分が何をしてもらったら嬉しいか」を伝えることが相手に対するサービスだと思うんです。 

 

「何食べたい?」の問いに対して、「なんでも」と返したことがないことを誇りに思っている。

「麺類」「洋食」「バジルを使ったなにか」

ぶっちゃけどうでもいいと思っているときだって、ちゃんと返す。ものすごく雑だったときの回答は「塩分」

その意図は、引用した部分そのもの。相手が達成可能な範囲で、かつ望みをかなえてあげられた、という意識が持てそうな選択肢を絞る。

 

何かを決定するって、実はすごく疲れることだ。

複数人いるとなおさら。

こうしたい、って方針が決まるだけでもすこし楽になる。

ぱっと提案して、反対意見が出なければその方向で決められるし

反対意見が出たら出たで、方針も定めやすい。

最初の一声を出すのは、わがままくらいの扱いでいい。

 

たぶんこれは、自分で意思決定することが多い人だからこその

処世術という気もする。

旅行を計画したり、幹事をしたりすることが多い人。

意思を示してもらえないことのつらさを知っている人。

そして、誰かの希望を叶えられる喜びを知っているということ。

 

わがままな人であろうと思う。

誰かが叶えやすい望みを多く、意識に上げられるよう心掛けたい。

 

 

 

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